FUSION(融合)【1】―新聞記事【2】 [新聞記事]

「ニューヨークから江崎玲於奈

アナキストとタヌキ

思わぬ侵入者 物分りに差

しかるべき処置を講じております。学長 スタトポロス」

 いうまでもなく、大学が人物を選び、名誉博士の称号を授与することは、欧米では古くからの習わしであり、各大学の伝統に基づく授与式は学外との連携を高める渉外活動の重要な柱の一つになっている。筆者などもすでにいくつかの大学からこの称号を受けた経験がある。

 ところで、アテネ大学では学外との連携どころか、今回、この手紙の通り、とんでもない乱入者を迎えることになったのである。それはちょうど、私が賞状を受け取り、やおら演壇に上がって受諾講演を始めた矢先であった。入り口近くで小競り合いのあと、三、四十人のシャツにショーツの若者男女がどっと流れ込み講堂の下座に陣取った。

 参加者はただあっ気にとられているだけで、学校当局者が若者と交渉するが何のきき目もない。壇上には私をも含めて中世を思わせるガウンと帽子に身を固めた学者先生たちが居並ぶ。下座の若者たちはこれらの権威に対し、二十年ぐらい前、アメリカでもさかんであった、いわゆる反カルチャー運動をやっているのである。

 やがて、代表者がギリシャ語で声明文を読み上げはじめた。現政府の帝国主義的政策を批判し、若者を犠牲にする皆兵制度をやめろ、といっているのだそうだが、声も大きく、迫力がある。その後、この若者たちは壇上の方に駆け寄り、さすがこの時は身の危険を感じ、参加者たちは裏口の方へ退いたが、かれらは大学のシンボルであるアテネ神像の校旗を打ち倒すなどの暴行を働いて引き揚げた。通常、警察権は学内には及ばないことを承知のうえでの行為であろう。この思いがけない、しばしの中断の後、私は予定通り講演を続けたのである。

 さて、われわれは、この事件のあと、ヨーロッパ諸国に数週間滞在してニューヨークの自宅に戻った。この間、空き家になっていたのであるが、帰ってみると暖炉の中でガタゴト音がする。どうもわが家にもとんでもない侵入ものがいるらしい。

 ニューヨークの郊外住宅には、大てい煉瓦(れんが)づくりの煙突と暖炉が備わっている。クリスマスにサンタの来訪を受けるためには必要であるが、夏には無用の長物なので、ふだんはダンパーと呼ばれる炉の風戸の上、煙突の中なので姿は見えないが、なき声からしてどうもタヌキの親子が巣ごもっている様子である。もっとも、アナキストたちと違い、暴力を振るうことはないが、ライフスタイルが異なる点が問題なのである。われわれが休むころ、親ダヌキがお帰りになる。そうなると子ダヌキたちは大騒ぎする。このためわれわれの安眠が妨害されるのである。

 思案のすえ、煙突掃除人を呼ぶことにした。アテネ大学長は決してしなかったが、まあわれわれは、強権を導入したのである。

 夕暮れどき、景気のよいお兄さんがやって来た。事情を話すと、早速、屋根伝いに煙突に上がる。そして上から大きな声でタヌキたちにどなりはじめた。『こら、お前たち、ここをどこだと思ってるんだ。人間さまの家の煙突の中だぞ。すぐに出て行かねば、下から火をたいて丸焼きにするぞ』といった調子のことを数分続けて、その日は帰っていった。そして、翌日も、またその次の日も、彼は同じことを三度続けたのである。

 さて、三日目の夜、暖炉からの音はぴたりとなくなった。ついにタヌキとのコミュニケーションが成功したのである。親ダヌキは子ダヌキをつれて山の方に退散してくれた。この平和解決のお代は二十五ドル。アテネのアナキストよりニューヨークのタヌキの方がよほど物分かりがよいという夏の夜の物語である。

(1991年8月11日付読売新聞)


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さよ

この話は面白かったので覚えてます!!(笑
最近も例のアルジェリア問題の本拠地、隣りの「マリ」にある
コプト教会の歴史ある建物が破壊されましたけど、
アフガニスタンあたりの山の岩に掘られた
世界遺産の石仏群も破壊されたことがあります。
「畜生のようだ」という言葉がありますが、人間は畜生以下ですね。
今、『文明の衝突』(1993年発行)を読んでるのですが、
冷戦後の世界は、大きく分けて8つの文明の
その接点での対立の時代になるだろうという予測で、まさに!!
そういえばギリシアは倒産しちゃってるのよね。
EUのお荷物になってます。古代文明も形無しですね・・・
by さよ (2013-02-01 22:03) 

なまっち

『文明の衝突』、ぜひ読んでみたいです!しかし私はその前に読む本が四冊もある…
あともう一つ気になってる本はジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄~一万三〇〇〇年年にわたる人類史の謎』です。内容気になる~
by なまっち (2013-02-15 13:18) 

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